研究者の仕事術

実践と研究の両輪を回す実践的研究者の仕事のつくり方

好奇心と観察から創られる未来。

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山中 俊治

慶應義塾大学政策・メディア研究科教授 (※現在は東京大学生産技術研究所教授)
LEADING EDGE DESIGN代表

研究テーマ:デザイン・エンジニアリング
Twitter:@Yam_eye

プロフィール詳細
http://www.design-lab.iis.u-tokyo.ac.jp/

役に立つかどうかわからなくても、面白いものを創る。

Q:山中先生はインダストリアルデザイナーとしてのイメージが強いですが、どのような経緯で大学教員になられたのでしょうか?

慶応大学にきたのは2008年なんですが、ここにくる前から1994年からデザイナーとしてデザイン事務所(LEADING EDGE DESIGN)をやっています。僕にとっての”研究活動”といえるものは、2000年頃に両手親指キーボード「tagtype」というものを作ってみたことが始まりでした。僕の事務所にアルバイトで入って来た東京大学の田川欣哉君(現 takram design engineering)が1999年に卒業論文の中で考案した日本語入力方式が面白かったので、それベースにしながら汎用のキーボードを開発してみようか、ということになって。彼の同級生の東京大学の本間淳君も交えて3人で、誰からも依頼されていないのに作ってみたんです。


photo by Yukio Shimizu

そもそも、いわゆるデザイナーの仕事というのは、企業等のクライアントの依頼を受け、ユーザーの要望を聴き、その間をうまくつないで、科学や工学、あるいは人の気持ちに関する様々な知識や技能を駆使しながら価値を生み出す仕事です。つまり、デザイナーとはある種のサービス業であり、コンサルタント業なわけです。けれども、ユーザーが望むものを作り続けている限り、現状の世の中で何が売れた、売れなかった、何が欲しい、欲しくない、というサイクルからどうしても抜け出せない。本当はデザイナーはユーザーが現在望んでいる以上の未来を提案しなければいけない立場だと思っているので、こうした枠組みの中でデザインをしていることに閉塞感を感じていたんです。

だから、誰がクライアントになるのかとか、誰がユーザーになるのかとか、どんな風に役に立つのかとか、いくらで売るのかとか、そういうこととは無関係に、ただ自分たちにとって理想的なものを、自分たちの手で作りたかったんです。ここでいう”理想的”というのは、人間と人工物の理想の関係性を目指したものであり、自分たちにとって理想の技術の使い方であり、理想のインターフェースであり、さらには自分たちの好奇心を満たしてくれるものです。自分たちにもまだ見えていない未来がこれからどうなっていくのか、好奇心の赴くままに、ビジョンを描きたいという気持ちがあったんですね。そういう想いで作ったのが両手親指キーボード「tagtype」だったわけです。他にも、この頃は「Cyclops」というロボット作品も制作して日本科学未来館のオープニングイベント「ロボットミーム展」に出展しましたし、色々なものを実験的に作り始めていました。

そういう活動をしていた頃に、たまたま慶応大学の授業に呼ばれる機会があり、その時に脇田玲先生と出会いました。当時、脇田先生も研究室を開いたばかりだったんですが、脇田先生の活動も、ある意味自分のやっていることと同じだと思ったんですよ。例えばMAKEでやっているようなことは、「役に立つかどうかわからないけれど、面白いものを実験的に作ってみる」という活動ですから、僕たちがやっていたこととある意味同じことですよね。脇田先生の方も、僕のオフィスに来た時に「研究室を持ってるんですね」と仰っていて、確かに言われてみたら、これは研究活動なんですよね。プロセスはR&Dそのものだし、自分の好きなことを好き勝手にやっている。もちろん、それまでは僕は研究だなんてアカデミックな意識でやっていたわけじゃなくて、役立つかどうかわからない「ただ働き」なんて言ったりしていたんだけど(笑)。その後、僕らがやっているプロジェクトに慶応大学の学生に参加してもらったりしていたんですが、そういう流れで「研究室を持ちませんか?」という話をいただいたわけです。それまでただ働きのつもりでやっていたことで給料がもらえるんだったら、まあそれでもいいかって(笑)。そうして慶応大学に着任しました。

好奇心から出発し、社会的な価値はあとから見つける。

Q:研究活動としてのプロジェクトはどのように始めるのでしょうか?

基本的には思いつきです。ここ4年間、取り組んできた「義足」のデザインのプロジェクトでは、高桑早生さんという女性アスリートが、実際に僕たちのデザインした義足で陸上の練習を始めてくれています。彼女は先日、今年のロンドンパラリンピックへの出場が決定しました。このプロジェクトの軌跡は書籍『カーボン・アスリート 美しい義足に描く夢』にまとめています。

このプロジェクトも、パラリンピックで義足の選手が走っている映像をテレビで見て、「これ、すげーなぁ」って思ったのが始まりなんですよ。それまでも僕はデザイナーとしてロボットをデザインしたりしていて、サイボーグだったり、オーグメンテッド・ヒューマンだったり、これから人体と人工物はもっと密接に関わる未来が来るだろうと考えていました。義足というのは不幸な結果を補う道具ではあるわけだけど、義足の映像を見たときに、既にその未来が先行的に実現してしまっている世界だと感じたんです。デザインに何が出来るかわからないけれど、探求すれば、今までとは違う人間と人工物の関係性が見える気がした。それで、学生たちに「義足のプロジェクトをやってみようと思うんだけど…」と持ちかけたんです。学生たちはきょとんとしながらも、まずは「義足」ってGoogleで検索をかけることから始めて(笑)。

義足について調査をしてみて色々なことがわかりましたが、何より明らかだったのは、これまでの義足がほとんどデザインされていないということです。そして、デザインの力で何が出来るのかも少しずつ見えてきました。僕たちのデザインした義足で練習をしている高桑早生さん曰く、新しい義足を使い始めて一番変わったことは、周囲の健常者とのコミュニケーションなのだそうです。それまでは周囲と明るく会話をしていても、義足については全く触れられずに話題から遠ざけられている感覚があったらしいのですが、僕らがデザインしたピカピカの義足をみると、「義足で走るってどんな感じ?」「それってどういう仕組みなの?」と、ストレートに聴いてくるようになったのだそうです。かつての触れると気まずい思いをするのではないかという壁が消えて、素直に話が出来るようになったと言っていました。彼女に限らず、一般的にも義足の切断者たちは、普段義足であることを隠している人が多いらしいのですが、デザインされていて機能的にも優れた義足があれば、その状況や周囲の人々の目を変えられるかもしれない。最初からそういうことを狙って義足のプロジェクトを始めたわけではなくて、好奇心で始めたのだけど、だんだんそうしたノーマリゼーションの問題が見えてきて、それをデザインの力で解決できることに気付いていったんです。広大な未開の地を見つけだした感覚でしたよ。これまでどのデザイナーも踏み入れたことのない領域ですから、ここでは何をやっても成果につながる。そういう土地を見つけられることは滅多にありません。

Q:好奇心で未開の地に飛び込んでみて、大変だったことはありましたか?

ある意味、一人一人の切断者が抱えている深刻な問題と向き合うことになりますし、やはり単純に切断部を目の当たりにすると、根源的な恐怖も感じます。手足を失うと、最初は生きる希望をなくしてしまいかねないような大変なショックを受けるそうです。そうした喪失感を乗り越えて選手として走れるようになるには、大変な努力が必要で、2年間くらいかかる人もいる。決して本当にはその気持ちを共有することができない私たちが、そういう問題に向き合うのはやはり相当大変で、僕自身も逃げ出したくなるくらい重いことだと感じました。プロジェクトに関わった学生はたいていしばらく落ち込むし、辞めてしまう学生もいますね。それでも、その繊細でデリケートな課題に対して、デザインの入り込める余地を模索しながら関わることで、少しずつ見えてくることがあるし、自分たちがやっていることの価値もわかってくる。

Q:そのプロセスのすべてが研究活動なんですね。

そうですね。研究のスタートは好奇心で構わないんです。好奇心から始めて、その中で自分がやれることを突きつめていく。そうすると、社会的な意義が見えてきたり、使命感みたいなものが生まれてくるんですよね。はじめから使命感を持って始めても、それでうまくいく場合もあるのかもしれないけれど、使命感が現場にフィットしないかもしれないし、僕は好奇心からはじめた方が良いと思っています。そしてデザインという「物の機能」と「美しさ」を同時に考える方法が、今まで手をつけていない新しい領域に入り込んだときに何が起こり、何が問題になるのか、そしてどんなことが手に入るのか。それを試すプロセスすべてが僕にとっての研究です。

Q:研究としてのデザインはビジネスにつながることもあるのでしょうか。

研究活動自体が「この人はこんなことも出来るのか」という自分が出来ることのある種のアピールになっているので、研究からビジネスのクライアントが生まれることもあり、連動はしています。ロボットのデザインも、研究として面白がってもらえるものをつくっているプロジェクトもあれば、ビジネスとして依頼をされてデザインしているプロジェクトの両方があります。研究は基本的に、自分でスタートして、仲間を見つけて、自分たちで意味を掴んでいくものですが、ビジネスの場合は、クライアントから声がかかるのを待つ受動的な姿勢も大事で、そこが研究とビジネスの一つの違いですよね。

まだ誰もやっていないことをやる。

Q:義足以外にも、様々な研究プロジェクトを展開されているんですね。

ロボティクスの研究はずっとやっていますね。最先端の役立つロボットを作るということではなくて、人間とロボットの関係を丁寧に探してみたいと思っていて。人はロボットのどこに惹かれるんだろうとか、人がロボットと接していて安心出来るのはなぜだろうとか。それはロボットの形状や、振る舞いや、発する音や、そういう様々な要素と恐らく関係があって、その関係性について考えてみたいと思ってます。

既にとても役に立つ完成されたロボットがあるのなら、それをデザインすればよいのですが、そんなものはまだ存在しないし、そもそもロボットをこれから何に活用すればよいのか?と悩んでいる状態です。例えば、私が慶応大学に着任する1年前に、脇田玲研究室との共同でデザインした「Ephyra」というロボットは、ただ人と接するだけのロボットです。人が触るとひゅっと引っ込む意外に何も動かないのだけど、それはある意味で生き物らしさを感じさせる。人はどこかロボットに生き物らしさのイリュージョンを見て喜んでいる部分があると思っていて、それを目的にしたロボットを作ってみると何かが見えてくるかもしれない、と思って作ったものです。

Q:義足であったり、ロボットであったり、テーマとして着目している対象に何か共通点はあるのでしょうか?

やっぱり好奇心ですね。「面白い!」って思って、本を読んだり調べたりしているうちに、頭の中がそのことでいっぱいになってしまう。それがずっと頭から離れなくなったら、プロジェクトにしてしまいます。加えて、他の人がまだやっていないというのは一つの指標にはしていますね。例えば、椅子のデザインって面白いんだけど、既に沢山の人がやってるでしょ(笑)。名作が沢山あって、そこに僕がわざわざ手を突っ込んでもなぁって。作るよりも良いものを買った方が嬉しいかもなぁ、と思っちゃう(笑)。まだ誰もデザインしていない対象の方が、自分でやってみようと思いますね。

例えば、まだ全然うまくいっていないのですが、今は宇宙開発のデザインにも取り組んでいるんです。人工衛星のデザインはそもそもあり得るのか?ということをエンジニアと議論していると、案外あり得るかもしれないことが見えてくる。今の人工衛星は本当に機能しか考えられていないオブジェクトでしかないのだけど、デザインの余地はいくらでもある。あとはカッコイイものを作りたいというモチベーションと予算がかけられるかどうかという問題なので、そこから周辺の人達を説得していくわけです。

Q:その説得は難しそうですね(笑)

難しいです(笑)。いきなり会って「はあ?」って顔をされながらも説明するしかないので。義足の時も最初はそうでしたよ。今回一緒に義足を作った義肢装具士さん曰く、「義足をデザインしたいっていう人はしょっちゅう来てたんだけど、本当にデザインしてしまったのは山中さんだけだよ」って。その本気度は、重要なんだと思います。

自分の専門に閉じず、周辺領域も理解しておく。

Q:山中先生はデザインにおいて科学的なアプローチを重視されている印象を受けました。

そうですね。それは僕自身が工学部出身であることの強みだと思っていて。技術や科学の本質をわかっていないとデザイン出来ないことは沢山あります。例えば、スピーカーをデザインするにしても、音がどういう振る舞いをするもので、どういう原理で良い音が生まれるのかを本当はある程度理解しておかなければ、良い音がして美しいスピーカーはデザイン出来ません。

実際は、デザイナーとエンジニア、エンジニアの中でもものづくりのエンジニアと音響のエンジニア…と、複数の人間が担当ごとに分かれて協同でつくることが一般的で、お互いがお互いの専門を理解していない場合もある。けれど、僕はその中にいるチームメンバーの専門領域がお互いに重なり合うようにカバー出来ている方が、デザインはうまくいくと思っています。デザイナーが音響について詳しくて、エンジニアが美術のことに詳しければ重なる専門領域が大きくなって、コミュニケーションがスムーズにいく。その重なりの広さは重要です。

Q:自分の専門以外についても知っておく必要がある、と。

少し傲慢かもしれませんが、全ての仕事を自分一人やれるつもりになることが重要だと思っています。例えば、映画監督は色々な役者や撮影スタッフと一緒に映画を作りますが、「自分は監督だからそれぞれのディテールはわからないから任せます」という姿勢ではうまくいくとは思えないんですよね。やはりカメラマンと対等に話せる程度にはカメラの技術をわかっていなければいけないし、役者と対等に話せる程度には役者の心理についてわかっていなければいけない。もちろん一人の人間のキャパはそう大きくないので、浅くなってしまうかもしれないけど、自分の専門だけに閉じこもっているだけじゃなく、周辺のことも幅広くわかっている必要がある。

学生に指導する際も、「必要な知識や技能を手に入れることに躊躇して、自分で自分に壁を作ってはいけない」といつも伝えています。通常の専門家の作り方って、例えば、機械工学のエンジニアになるとしたら、熱力学と機械工学と材料力学を学んで…と、学問を体系的に学んで積み上げていきますよね。僕はその逆をやろうとしていて、作りたいものが決まったら、それに必要なものを手繰っていくようなやり方を勧めています。例えば、あるものを作るために電気回路の知識が必要だったら、「じゃあそれを勉強したら?」って(笑)。もちろん電磁気学全般を学ぶわけじゃなくて、なるほどって思えるところまでは掘り下げてみるんです。知識としては細いかもしれないけれど、そういう根っこを張っていって、やりたいことに必要な知識を集めていくと「ああ、そういうことか」とつながって、ものを作るときに活きてくる。もちろん興味が変わってしまうと集めた知識は必要なくなってしまいますが、作りたいものを作るのに必要な知識や技能を気軽に集められるタイプの人材になることが、デザイナーになることなんじゃないかと思います。

観察によって問題を見抜き、答えを提案する。

Q:それでは、デザイン固有の専門性とはなんなのでしょうか?

デザイナーが唯一専門家でなければけないのは、人間と人工物が接したときの観察力です。人と物の関係を観察し、そこで何が問題になっていて、その関係性をよりうまくいかせるためには何が必要かを見抜き、そこに答えを出せる能力です。その答えの出し方には、美的能力でも、プログラミングでも、モデリングの能力でも、何か人よりも優れたコアになる技術はあったほうが良いのですが、いずれにしても観察する力だけはデザイナーにとって必須の専門性です。

学生にも、まずものを作る前に既に世の中にどういうものがあって、それが人にどういう風に使われているかを街に出て観察するように教えています。その上で、自分が作るときはまずプロトタイプを作ってみて、それを人に使ってもらってどう使うかを観察することも大事です。

分野の枠に捉われない人材を育てる。

Q:大学教員として、学生の指導方法も工夫をされているのですね。

大学に来て一番変わったことは、やはり学生を教育しなければいけなくなったことですよね。そして、これが意外としんどい(笑)。もともと人に教えることはそんなに嫌いではないので、ついつい力が入ってしまうんですよね。デザイン事務所のスタッフもある意味では自分で育て上げたスタッフではあるのですが、能力があって本当に信頼出来るスタッフで時間をかけてチームを作っている。けれども大学の研究室というのは、新しいメンバーがどんどん入って来て、卒業していきます。そうやって学生がコンスタントに出入りしていくのは初めてだったので、その間に少しでも僕らが考えていることを伝えて、技術を身につけて卒業してもらわないといけない。

Q:大学教員として、どのような学生を育てたいとお考えですか?

これまでの話にも通じますが、従来のデザインの枠組みに収まらない人材を育てたいですね。やっぱり従来のデザインの仕事に対して閉塞感を感じていて、一人でやってもうまくいかなかったときに、東大の田川君や本間君をデザインエンジニアリングの分野に引っぱりこむことで一気に視野が開けた思いがあったんです。デザインとエンジニアリングが幅広くわかっていて、作りたいと思ったら迷い無く自分たちだけで必要な知識を学び、ものを作れるチームを作ろうと思ったら、やはり人材から育てなければいけないことを痛感しました。大学では、そういう人材が世に散らばってくれたらいいなと願って教育に取り組んでいます。

Q:学生に対する教育はどのように行っているのでしょうか?

僕のデザインのプロジェクトに関わってもらうか、あるいは自分でプロジェクトを立ち上げて取り組んでもらっています。どちらにせよ、僕は単なる指導者にならないようにしています。僕が常にデザイナーであるというスタンスでいないと、今のダイナミズムは失われてしまう気がしていて。だから僕が直接ものを作ってしまうプロジェクトも結構あって、その時は学生はアシスタントになってしまうわけだけど、経験を積んできたデザインエンジニアがどういう発想でどういうものを作るのかを間近で見られるわけだから、それはそれで学ぶことが沢山あると思っています。一方で、学生自身の提案によるプロジェクトも常に受け付けています。面白い提案だったら、僕は直接デザインしないけれど、サポートをしながらプロジェクトを進めてもらっています。

Q:博士課程の学生の論文の指導はどうされているのでしょうか?

それ、どうすればいいのか教えてくれない?(笑) 僕自身、博士号持ってないしさ、依頼をされて論文や解説を学会誌に投稿することはあるけれど、自分から査読付き論文を投稿したことなんてほとんどないし、教えられる作法も無い状態なんですよ。だから博士課程への進学を希望する学生には、「別に良いけど、論文も書けなきゃいけないらしいよ?」とは言っています(笑)。アカデミズムの中で僕がどう振る舞えば良いのかは常に手探り状態ですよね。ある人はちゃんと論文を書いて実績を作らなければ研究資金が調達できないから成り立たないと言うし、ある人はそもそもそんな従来の枠組みに入らない方が良いのではないかという人もいますね。

Q:でも、山中先生のデザインプロセスは論文を書くための研究のプロセスにも似ていると感じます。

研究者と話していてもそれはすごく感じますね。好奇心に駆動されて、現場を観察しながら問題を見つけるプロセスは、研究のプロセスそのものです。僕は学術論文を書く作法を知らないだけで、研究に対する姿勢は同じなんだなぁと色々な研究者と会っていて思います。

自分自身に捉われず、軽やかに生きていく。

Q:今後も大学教員として活動を続けていくのでしょうか。

今のところはそうですね。大学の居心地の良さは困ったものです(笑)。ただ、ずっと続けるかどうかはわかりません。僕は家もしょっちゅう引っ越しているし、仕事も同じことを長く続けたことがなくて、この先どうなるかは全然わかりませんね。

僕は、ある種の「軽やかさ」を一つの行動原理にしているんです。面白いものを見つけたら、それまで自分が築きあげてきたものに縛られない姿勢はとても大事だと思っています。自由っていうのはそういうことだと思うんですよ。若いうちは確かにお金が無いこととか、会社に属さざるを得ないこととか、色々な外的な枠組みに制約されるけれど、ある程度自分の自立したものが出来てくると、逆に自分を縛っているのは自分になる。

例えば今、突然この仕事場を追い出されて、どこかのある村で暮らせと言われても、僕はそこで自分が面白いと思えることを見つけて、その村の人たちにも喜ばれることを発見できる自信がある。どんな環境であっても、その場でよく観察をすれば、きっと面白くて役に立つことが見つけ出せるんです。 そういう自信を持ちながら、自由に振る舞い、軽やかに生きていきたいと思っています。

関連URL

慶應義塾大学SFC 山中デザイン研究室
http://yam.sfc.keio.ac.jp/

LEADING EDGE DESIGN
http://www.lleedd.com/

山中俊治の「デザインの骨格」
http://lleedd.com/blog/

『カーボン・アスリート 美しい義足に描く夢』
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4560082189

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