研究者の仕事術

実践と研究の両輪を回す実践的研究者の仕事のつくり方

学問と実務家の健全かつ建設的な関係性を築く。

服部先生プロフィール

服部泰宏

横浜国立大学准教授

研究テーマ:経営学、経営・行動科学
Twitter: @hatto525

プロフィール詳細

服部ゼミナール HP  http://hatto-yasuyasu.jimdo.com
『採用学』発売中!http://www.amazon.co.jp/dp/4106037882

他分野の研究者と手を組み「人と会社」を見つめる。

Q:まず服部先生のご専門について教えていただけますか?

学位は経営学博士です。ただ、経営学そのものが非常に広く、超応用学問なんです。経済学や心理学などの基礎学問に基づいて「経営」という対象を扱う、対象学問と言えます。僕は、経営学の中でも、「人」と「会社」という2つの行為者がでてくる場面を対象にしています。現在取り組んでいる採用の研究もそうですが、博士課程で研究していた「心理的契約」(※)という概念も、人と会社がどういう距離感にあるか、お互いがお互いに何を求め合っているか、という理論です。逆にいえば、「人」と「会社」が出てくれば、あらゆるものが僕の関心の対象になります。

※心理的契約:企業において従業員が雇用される場合に、暗黙の了解において結ばれるような契約のこと。

Q:どんな仲間と研究活動をされているのですか?

経営学会、組織学会という大きな学会に入っています。学会には組織戦略や組織文化などもっとマクロな研究をしている人もいます。その中の1つのかたまりで人や人事にフォーカスしているグループがあり、僕はそこに含まれます。実は、アメリカの経営学会ですと、人や人事のことを扱うグループの研究者が1番多いのですが、日本ではこの分野はそんなに大きくなく、僕の先生である金井壽宏先生や他数名の研究者がいる1つのカテゴリーでしかありません。おそらく、経営学者の10〜20%程度が僕のやっている分野の研究者だと思います。ただ、心理学や教育学といった、他の研究領域の方達も同じ「人」という対象にフォーカスしているので、そういう方達も仲間だと考えると多くなってくると思います。

ちなみに、日本の経営学では、技術経営などイノベーションや製品開発を対象とする研究者が多いです。彼らとは学会で一緒に議論したりすることはあるのですが、お互いの論文を引用するような距離にはありません。技術系は、あまりミクロな「人」の話が出てくることはなく、主語が「職場は」とか「組織は」というもう少しマクロな話が多い論文になっていて、僕らの方は、「人事部長は」とか「個人は」という論文を書きます。経営学はもっと広くて、「会社」ですら主語にならなくて「〇〇企業群」などもっと大きいものを見る人もいて、色んなレイヤーの研究者たちがいます。そういう意味では、僕らの領域で本当の意味で研究のコミュニケーションが取れる人は経営学の中にはそんなに多くはないです。むしろ、心理学や教育学の方達の方が話が合うというのが僕の領域の特徴かと思います。

▼大学生研究フォーラム2015 ピースセッション2-2「揺れる社会への入り口」実務家や教育学の研究者と共に登壇。

学生ベンチャーの挫折経験、経営学に出会う。

Q:経営学の研究をしようと思ったきっかけは何だったのですか?

実は、僕はもともと経済学部で、ミクロ経済を学んでいたんです。例えば、独占禁止法がどう適用されるかといった学問をしていました。人に関する話は全く出てこないのですが、それはそれで面白いと思っていました。それで、大学2年生のとき、「ビジネスをやってみたいな」と思い、仲間と起業しました。今でいう人材マッチングビジネスのようなもので、例えば、大学の近所の子どもさんが家庭教師をしてほしい、大学生はバイトをしたい、そこをウェブで出会わせたら面白いんじゃないかって。

こう言うと、学生起業家みたいなかっこいい話のように聞こえるかもしれませんが、結果的には会社は1年半ほどでダメになって、75万円の借金を5人のコアメンバーで背負いました。バイトしてきちんと返済しましたよ(笑)。小学生の頃に学級委員をしていた時のリーダーシップとは全く違う、お金が絡んでくる経営の難しさみたいなものを感じたんですね。それは経済学の独占禁止法の知識では太刀打ち出来ない話なので、リーダーシップとか組織のこと学ぼうと思い、経営学に入って行きました。ここが僕と学問の出会いで、それまではそれほど真面目な学生ではなかったと思うのですが、真剣に学問したいと思ったきっかけとなる出来事でした。

Q:指導教員の金井壽宏先生との出会いについて教えてください。

経営学を勉強しよう!と思って、まずは大学の図書館で経営学の書棚に行ってみました。全然わからないので、まずはジャケ買いで手に取ったのが、のちの指導教員である金井壽宏先生の『変革型ミドルの探求』という本でした。自分で起業した会社がダメになったとき、自分は変革も何も出来なかったという経験をしていたのでピンときたんですね。読んでみるとわくわくする感覚がありました。当時の僕は、学問と言えば経済学とかもう少し固いもののイメージがあったので、そんなことを科学している研究者がいるとすら思っていませんでした。一見最も科学的ではないのに、自分自身も起業していたときに意外と科学的にやっているということに気付いたのは、金井先生が研究されていた、リーダーシップや人の問題だったんです。それで、金井先生がいらっしゃる神戸大学大学院に進学しました。

「社会を見ながら研究せよ」

Q:服部先生は大学院で「心理的契約」を研究されていますが、金井先生と同じ「リーダーシップ」を研究しようとは思われなかったのですか?

その理由の1つは、目の前を金井先生というロードローラーが通っている同じ道を、後ろから僕が帚で掃いてもトンカチで叩いても、あまり意味が無いからです。もう1つは、リーダーシップって、ちょっと怖いなと思ったんです。「リーダーシップ」という言葉を出すと全てが解決出来てしまうような感覚を、研究者も実務家も持っている気がして。水戸黄門の印籠のように、持ち出すと皆が聞いてくれるんです。

金井先生からは、年齢によってすべき研究は異なると言われたんです。先生も修士研究は若手のモチベーションがテーマでしたが、ご自身が年齢を重ねられて、リーダーシップという方向性になっていかれたんです。僕の年齢でシニアのマネジメントについて語っても、説得力がありませんよね。金井先生は社会を見ながら研究されるので、僕もそれを刷り込まれていったんですね。

Q:社会を見ながら研究する、という姿勢を受け継がれて行ったのですね。

そうですね。でも、金井先生はそういうことをストレートにおっしゃるわけではないんです。けれども、例えば、その研究って誰に届けるの?とか、誰に刺さるの?ということを突きつけられたとき、「学会に向けて話すわけじゃないよな」とか考えだして、残るのは、社会しかないんですよね。でも、今でこそ、自分の研究の読者がなんとなく見えていますけれど、当時はリアルに社会とは何か分かっていないんですよ。当時は、まだわからないなりに、経営学の宛先はビジネスパーソンなのだろうな、その中でも、製品開発をしている人よりは、人事などで人の問題に悩んでいる人なのだろうな、とか、そういう風に何となく自分の中でイメージを作って行った感じです。おそらく、金井先生は意図的にそう考える問いを投げてくださっていたのだろうなと思います。それに答えるように、僕だから出来る、服部という人間の口から語れる研究とは何だろうと考えました。

そうして自分がすべきことを考えているうちに、リーダーシップはもちろん重要で必要ではあるけれど、人や組織が動くのは、まずは会社と個人の関係や、ルールや制度が根底に重要なのだろうなと思い至り、「心理的契約」というテーマにたどり着きました。

現場目線で対等な関係性を構築する。

Q:研究の宛先を意識したのはいつ頃からですか?

研究の読者との初めての接触は修士課程のときでした。心理的契約のレビュー論文を書いていて、日本企業で働くビジネスパーソンを対象に探索的なインタビューをしました。当時は、僕も学生でしたから、ビジネスパーソンにインタビューに行くと、1時間もらえれば良い方で、「もういい?はい、さよなら」という感じだったんですね。僕としてはビジネスパーソンと一緒に議論して知識を作りたいという思いで行くのですが、彼らはそういうモードではなくて、ずっと複雑な思いを抱えていました。

Q:どのようにビジネスパーソンと関係作りをしていったのですか?

少しずつ彼らの周りに関わって行って、だんだん認められだしてから関係性が出来ていく感触がありました。例えば、今取り組んでいる採用の研究の場合は「採用」という現象が世間にあるので理解されやすいのですが、「心理的契約」は概念名なので、「心理的契約の調査をしています」と言っても、ビジネスパーソンには伝わりません。そこを理解してもらえるように研究用語を日常語に置き換えるなど試行錯誤をしましたが、ビジネスパーソンに刺さる研究をするのは難しいと思いました。

Q:大学院生の時からビジネスパーソンと関係作りをするのは大変そうですね。

修士博士の5年間は、悩みの連続でした。人に自分の話を聞いてもらうことの難しさは、金井先生からも学びました。博士課程の終わりまで、金井先生と直接話したのは2時間くらいしかないんじゃないかと思います。先生は忙しい方なので、本気で研究しようとしているやつじゃないと相手にしない。それは意地悪ではなくて、聞くに値しない研究発表をしていたら聞いてくれません。けれど、あるとき、先生は僕の話を聞くようになってくれました。

ビジネスパーソンとの関係作りも同じです。博士課程のとき、心理的契約の調査をしたくて20社に頭を下げて19社から断られる。僕は修士号も持っているし、こんなに心理的契約の論文を知っているのに、誰も僕のことを分かってくれない、話を聞いてくれない、と思うわけです。でも、今考えたら、そんなことはどうでも良いわけです。自分の話を聞いてもらうためには、彼らのために何が出来るか?というデリバラブルな考えを、当時は持っていなかったんですね。それをしていかなければならないなあと、気付いていきました。

だから、今の学生たちには、経営学の分野では特に、企業を見つける段階から自分でやってほしいと思っています。僕が紹介してしまったら楽なのですけれどね。金井先生も沢山コネクションはあったと思いますが、一切紹介はしてくれませんでした。やはり一から、現場と関係を作っていって、自分の言葉で研究の説明をして調査をするということが大事なやり取りになるんですよね。「自分が研究している心理的契約って世界で何百も研究があって…」とかいう説明をしても現場には何も響かなくて、もっと違う言い方をしなければならないわけです。そういう経験から僕が学んできたので、自分の学生にも同じことを言っています。自分の話を聞いてもらえない、と怒るのであれば、その相手に対して自分が何を提供出来るのか考える、その人にとっての1時間の価値を考えなければいけないよ、と。

研究の”OS”をアップデートし続ける。

Q:修士博士課程で研究されていた「心理的契約」と現在の「採用学」は、つながりがあるのでしょうか?

根底には繋がっていると思います。心理的契約の研究は、僕がものを見る土台にあるようなもので、今の採用の研究はそれを使って見ているというか。僕の言葉を使えば、OSとアプリのような関係だと思っているんです。心理的契約でいう会社と個人の理想的な関係と言うのは、僕の捉え方では、会社と個人がお互いに何を求めているかということをきちんとコミュニケーションすることが重要であると思っています。具体的には、勤務時間や給料がいくらかという基本的な部分ですらコミュニケーションが取れておらず曖昧なところがあったりします。それを前提に採用を考えたとき、採用やその後の育成の中で現れる曖昧な部分をきちんとコミュニケーションしていくことが重要だと思います。そう考えると、今は心理的契約というテーマで論文は書いていませんが、根本にある考え方の土台、言わばOSになっていると思います。そこから、今はあえて採用学というアプリに移行しているというイメージです。そういう意味では、繋がっていると言えば繋がっているし、離れていると言えば離れています。

Q:積極的に心理的契約を使ってものを見ているのか、それとも染み付いてしまっているパースペクティブなのでしょうか。

染み付いたパースペクティブではないとは言い切れないですね。それもあって、実は今、意図的に、心理的契約に限らず、組織と人の関係に関するレビュー論文を書いています。というのも、心理的契約というのは、組織と人の関係を見るための1つの見方でしかなくて、他の研究者がどんな風に捉えているのかを知って、もう一度自分の立ち位置を知るために俯瞰してみようと思っています。

最近、OSとアプリという関係を自覚したとき、このOSが必ずしも正しいとは限らないし、他のOSもあるかもしれない。そういうことを冷静に考えた方が良いだろうと思ったんです。軸足を変えることは無いとは思うのですが、他の議論も押さえた上で、自分のアプリを開発していかなければならないなと思います。

Q:採用学は1つのアプリとのことですが、次のアプリは見えているのですか?

今は、意図的に見ないようにしていますね。僕は新しいもの好きなので、面白いなと思ってしまうと、今やっていることを辞めちゃうので(笑)。そういう意味では、実務家のための研究と思いながらも、自分が楽しいと思っているから研究しているところはあるのですよね。

Q:新しいアプリを作り続けるコツは何でしょうか?

理由は自分でも明言出来ないのですが、必ず同時に2つの研究テーマを持つようにしているんです。3つだと多すぎてダメなんですけれど、1つだけなのもダメで。2つあると、こっちの研究が行き詰まったらこっちをする、みたいにできるんです。あまり知られていませんが、心理的契約をしていた時は、起業家の人脈やネットワークを見ることもやっていたんですよ。神戸の震災のとき、小さい洋菓子店の起業家がネットワークを組むことで震災に対応していたというのを直感していてそれを調べていました。今は、採用と同時に、経営学の普及や実務家との関係というテーマを持っています。2つの研究を同時にすることで良いシナジーを生んでいるような気がしています。

現場のヒアリングから生まれた「採用学」。

Q:採用学の研究はどのように始められたのですか?

採用というテーマとの出会いは、2つのストーリーが組み合わさっているんです。1つは2011年ボストンでのアメリカ経営学会の話です。2009年に博士号を取って、同年4月から滋賀大学に着任しました。2011年には、博士論文をまとめて学術書を出して(『日本企業の心理的契約:組織と従業員の見えざる約束』)、心理的契約の研究については自分の中で一度自己満足をしたんです。次の研究テーマを探すために、海外やマイナーな学会にも行きながら、どうしようかなぁと考えていたとき、ボストンのアメリカ経営学会で自分の専門と関係ないセッションばかりに参加してみました。

その1つが、エビデンスベースドマネジメント(Evidence Based Management) というセッションでした。そこは実務家も研究者も若手もいるという集まりでした。そこに、デニス・ルソーというアメリカ経営学会の元学会長が出てきて、「私は皆さんに謝らなければなりません」と言い出したんです。なんだろうと聞いていると、「これまで、経営学者がしゃかりきになってやってきた研究のほとんどは、実務家の皆さんはほとんどご存知ではないでしょう。これからはもっと皆さんに意味のある研究をしなければならない。今日はそのことを話したいと思います」というセッションを始めたんです。

Q:元学会長がそう言えてしまうのはすごいですね。

そうなんです。彼女たちのその時点での結論としては、理論に走るのも良いけれど、きちんとエビデンスも出していって、エビデンスを元に理論について実務家とフラットに議論しましょうというメッセージでした。そのセッションを見て、アメリカは、研究者と実務家との距離や、それが分離していることも含めて、結構シビアに考えているぞ、と感じました。それで、新しい研究をするときは実務家に刺さる研究をしようと思いました。それまでも、そういうことを無視してきたわけではないのですが、金井先生と議論していた頃の、宛先を考える、とか、読者は誰か、という議論を忘れていたのかもしれない、とハッとしました。僕なりにこのデニス・ルソーのメッセージを結構重く受け止めて、日本でもこれが出来るだろうか、と考えるようになりました。

それで、具体的に研究テーマをどうするかとなってからが2つ目のストーリーです。日本に帰ってきて、人事に関わるビジネスパーソンと話をして、現場が悩んでいて、かつ、まだ解決出来てきない悩み、その2つが重なるところを研究テーマにしようと思いました。正確には、1)皆が必要だと思っていて、2)まだ誰もやっていなくて、3)組織と人の関係に関わること、という3つの交差点に研究テーマを持っていこうと考えました。

Q:採用に関する悩みが現場から先生のところに寄せられたのですか?

当時はまだ、採用については専門家でも何でも無かったので、ビジネスパーソンに、現場は何に困っていますか、何を研究したらわくわくしますか?とヒアリングをしていったときに、「データはあるのに何も出来ていないのは、実は、採用なんです」という声を割と多くの会社の方から聞いたんです。例えば、人材育成であれば、東大の中原淳先生など専門家がいるのですが、採用はいない。アメリカにはいるんですけれど、日本にはまだいなかったんですね。それで、2013年に採用学のプロジェクトがスタートしました。2013年は僕が横浜国立大学に着任した年でもあります。

※ 採用学プロジェクトの詳細はこちら。
採用学研究所HPリンク http://saiyougaku.org/

実務家と経営学者の距離感を再考する。

Q:服部先生は、経営学の知見と実務家との距離感についても、調査や学会発表をされていますよね。

はい。心理的契約の研究をまとめたけれど、これを知っている人って世の中にどのくらいいるのだろうか、何のためにやっているんだろう、という疑問が沸いてきたんです。そもそも、ビジネスパーソンにインタビューに行くと、「心理的契約?何それ?」と言われます。「良い研究」とは何かについて考えるために、そもそも学問がビジネスパーソンにどのように受け止められているか、ということ自体を研究してみようと思いました。

採用学の研究にやや先行して調査を始めて、2013年の組織学会では、安斎さんともご一緒して、「経営学者と実践家との関係性の再考」というセッションを行いました。セッションの中では、経営学者がやっていることが現場にどの程度知られているかというアンケート調査結果も報告しました。アンケートでは、過去3年間に出た経営学の論文の索引をエクセルに転記して、その頻出頻度の高いものから区切り、そのワードについてどのくらい知っているかということをビジネスパーソンに5段階尺度で聞くということをやりました。

Q:経営学者側からしたら、耳が痛い話ですね。

はい、批判も含めて、反響がありました。セッションも盛況で、金井先生もいらして、「お前ら勇気あるな」と言われました(笑)。そこをフラットに、「アイムソーリー」と元学会長が言えるアメリカってすごいなあと思いましたね。しかも、具体的にアクションを起こしてオックスフォードからハンドブックを出すくらい研究している。逆に言えば、彼らもそのくらい危機感を持っているんです。そうなったとき、セオリードリブンを否定するわけではないけれど、ひとつの方向性として、経営学者は社会に役立つエビデンスを出していくという立場をとっているんです。

Q:日本でも、エビデンスベースドマネジメントの動きが広まるのでしょうか?

これを日本に直接輸入することは出来ないと思います。このエビデンスベースドマネジメントが成り立つ背景には、ある程度の数の研究の蓄積があって、それでメタ分析が出来るような土壌があるから出来るのです。しかし、日本ではまだ、そこまで1つの研究分野にボリュームが無いので、なかなかエビデンスを沢山出すところまで出来ないんですよね。土壌が違うので、そこを日本的に焼き直していく必要があると思っています。

学問と実務家の健全な関係を探る。

Q:現場の実務家たちは、理論を求めているという感覚はありますか。

実務家の方たちが僕たち経営学者に何を求めているかについては、大きく2つのタイプがあると思います。1つは、実務家たちが実際にしている実践や考え方をきちんと捉え直すための「鏡」として理論やエビデンスを使うという場面です。例えば、採用で言えば、自分たちはこういう面接をやっているけれど、それは本当に正しいやり方なのだろうか、ということをデータや理論で説明して捉え直すという話ですね。もう1つは、これは良いことなのかわからないのですが、「この人が、この先生が、言っているから」というように引用したいというケースです。似ているように見えて、この2つには大きな違いがあると思います。後者の「○○大学の先生が言っていることを研修で言いたい」というのは、理論の消費ではなく権威の消費ですよね。これは結構危ないと考えています。ハメルーンの笛吹き的な人が現れたら、そちらに引っ張られてしまう可能性もある。これは、実務家との距離が近ければ近い領域ほど、悩むと思います。実際に僕も今、前の地方国立大にいた時よりも、横浜国立大学という名前でいろんな人が会いに来てくれるようになったんですね。やはり、科学に対するリスペクトとはまた別の、違う目で学問を捉えているところがあると思っています。これは是正したいと思っています。

Q:それは実は大学教員の多くが思っていても言わない部分かもしれませんね。

そうかもしれません。他方で、それを自分が利用している部分もあるんです。大学の先生だからこそ語れる部分があるとも思います。でも、その肩書きがあるからこそ違う見方をされてしまう、というジレンマですけれどね。そこはまだ、僕の中で解消出来ていないところです。例えば、デニス・ルソーは知識も産業の1つであり、研究者自身も需要と供給の中で社会に消費されるものだと捉えていて、自分の弟子たちも含めて食べていける研究をするということまで考えています。僕自身、自分は何を消費されているんだろう、と常に思います。

空気を読めないフリをする。

Q:実務家と一緒に研究をする中で、具体的にどの様な悩みがありますか?

企業と共同研究をする中で、その会社のビジネスの方向性を支持する研究結果が出たとき、自分が研究者としてどういう解釈をしてプレゼンテーションをするか、というところは悩みます。その会社はやはりすごいですね、と言ったり、解釈をその会社のやっていることに落としどころを付けたりしていくということは実際にあります。例えば、ある会社がダイレクトリクルーティングをメイン事業にしていて、研究の結果としても、「ナビサイトではなく、会社と個人がダイレクトにつながる方が良い」という結果が出た時に、僕の口から、「これからはダイレクトリクルーティングに向かっていきます」と言い切って良いのかというジレンマはあります。そういう場合、「今のところは結果としてはこうなのだけれども、ここからは僕の主観です」というようにモードを2つに分けて、結果と主観の枕詞を置くことで切り分けるようにしています。

Q:企業が期待していない結果になってしまうことはないのですか?

もちろんあります。そういう結果が出ると、企業は嫌がります。その時は、期待していない結果だけを示してしまうと企業とのパートナーシップが切れてしまうので、結果データの見せ方を工夫して、一部はそうとは言い切れないというデータも見せてバランスをとるようにしています。

これは自分の立場を守る自己防衛でもあるんです。「服部は○○会社の御用だから」と認知された瞬間に、僕に色目がついてしまうと思うんです。僕は大学の人間で、経営学者という立場から語っているから話を聞いてもらえるわけなので、どういう立場に自分を置くかということには気を配っています。

それもあって、僕は、ある業界ではほとんど全ての利害関係にある企業と付き合うようにしているんですよ。同じ業界のA社、B社、C社と同時に、一緒に研究をする。ある種、コウモリ的なポジションに自分を置いてしまうんです。学生には、「空気を読めないフリをする」と伝えているのですが、複数の企業と絡みながら、空気読めない立場をとってしまった方が僕はやりやすいんですね。1社とだけ関係を作って「A社とやっているなら、そんなこと言うなよ」となってしまうと、研究者として何も言えなくなってしまうので。

例えば、ナビサイトでマスにビジネスをしているA社と、1社対1人のダイレクトなビジネスをしているB社は、完全にライバルなわけです。でも、両社のそれぞれと、共同研究をしてデータを共有していくことで、結果として打ち消しあって僕自身の立場を正当化することが出来るという戦略なんです。この方法が正しいのかはわからないですけれど、そうやって自分の立ち位置を自分の中で考えるニュートラルに近づけていこうとはしています。

採用や就職の論壇って、色んなオピニオンリーダーがいて、いわゆる、炎上しやすい領域だと思います。そこでの僕の見られ方は結構重要だと思っています。あいつはどの立場から語っているのかと。僕は大学の研究者としての立場から語りたいので、○○社の立場からしゃべっているという色はつけたくないんですね。そういう色がついた瞬間に、論壇には残れても、研究者の立ち位置を失ってしまうので。そういうこともあって、いろんな関係者から、同じ距離感を持ちながら真ん中にいることを心掛けています。

研究資金獲得と研究活動は分ける。

Q:共同研究をする企業からコンサル料や研究資金はもらうのでしょうか?

企業からは直接的には予算をもらわないようにしています。僕自身が特定の企業に雇用されたり、お金をもらったりしてしまうと、研究者としてのスタンスがややこしくなって、できなくなる研究もあると思うんです。例えば、批判的な意見が僕から出しにくくなってしまうのではないかという懸念もあります。僕はあくまで、企業からは研究のためにデータをもらうというスタンスをとりたいので、研究資金とデータ収集は分けるようにしています。

Q:お金を受け取らない、ステークホルダーを散らす、という関係構築術は驚きです。

共同研究をする企業から研究費を受け取るかどうかは、パーソナリティや研究の性質の問題でもあると思います。金井先生の師匠である、エドガー・シャインは、「お金をもらってこそ、きちんとフラットな関係の研究が出来る」というスタンスなんですよ。シャインは、会社に介入しながら組織開発をするので、コンサルティングみたいな要素も入ってくるため、そうするのかもしれないです。僕はあくまで実証的なスタンスをとっているので、もしかしたら彼らとは違うのかもしれません。あとは、お金をもらっても、シャインくらい大物であればガツンとかませると思うんですけれど(笑)、僕はそういう自信がないので、自分の立場はビジネスから切り離してしまった方が良いかなと考えています。

人生3本説。研究者としての終わり方を考える。

Q:将来展望について伺いたいです。しばらくは採用学に力を入れつつ、先ほどおっしゃっていたレビュー論文を書かれる感じでしょうか。

そうですね。採用学としてのとりあえずのアウトプットが今年2016年の5月25日に出版されました。たまたまなのですが、僕と金井先生の誕生日なんです(笑)。

書籍の中では、今までの採用学の研究をまとめたものと、自分なりの世界観というか、こういうことをやっていますよ、ということを書きました。これは東大の中原淳先生にアドバイスいただいたのですが、「研究者としての名刺が1冊あった方が良いですよ」と。採用学って何ですか?と言われたときに、これをお読み下さい、と言える名刺になる本です。やや理論的なアカデミックがありつつ、一般にも読ませるような内容にしました。これと平行して、もう1冊、よりアカデミックに近いものを仕込んでいて、これが1、2年後になると思います。ここで採用学の1つの区切りだと考えています。

そこで採用学の研究を辞めるかどうかは、後続が続くかどうかによると思います。かっこつけるわけではないのですが、僕は皆がやり出したらもう良いかなと思ってしまうんですね。でも、採用学はまだ全然ブームになっていなくて、僕が第一人者と言われてしまいます(笑)。この状況で今離れてしまうと無責任になってしまうので、採用学とは言わなくても、採用の研究って面白いじゃん、と日本の研究者に火がつきだしたら、僕も新しいことをやれるかなと思います。僕の中で、本を1冊出せるところまで行けるかどうかというのは1つの基準なので、そこにたどり着いたらまた次を考えるという感じですね。

Q:年齢的な節目も考えていますか?

僕は「人生3本説」を持っていて、尊敬する先生方は、大体すごい研究を3本やって終わりなんですよ。大きい研究をまず2本やって、その後、ビジネスパーソンとの距離を縮めるようなことを1本やって、という感じなんですね。大体、10年に1本くらいの計算でいくとそうなりますよね。

今、僕は35歳ですけれど、数年経ったら40歳にさしかかってくるので、次の研究を仕掛けなければと思います。心理的契約が1本目だとしたら、採用学が2本目なので、多分、あと1発くらいしか放つことが出来ない。となると、40歳くらいで採用学は終わらせておかないと、という意味でも、3本説と思っています。僕の作った勝手な説ですけれど(笑)。

Q:『採用学』の本を出版されて、これから次の研究への過渡期になるわけですね。

そうですね。研究って、吐き出したり量産したりするフェーズと、考えるフェーズを長い周期でも、短い周期でも繰り返して行くんだと思うんです。

論文を量産するには、1つのテーマを追い続けるか、あるいは、色んな人と折衷主義で色んなことに手を出すか、というのが、1番生産性が高いと思います。両方のタイプがいて、1つのテーマを追い続ける方だと、リーダーシップ研究で有名なゲイリー・レイサムは、「目標設定理論(Goal setting theory)」に一生を捧げたんですよ。一方で、業績リストを見るだけでは何の研究者か分からないような人もいる。例えば、自分の分析能力の高さをアイデンティティだと考えていて、テーマは折衷主義で行くという感じです。僕は、両方出来ないので、テーマを2回、3回と変えて、その中で考えるフェーズと吐き出すフェーズを繰り返して行って終わりになると思うんです。

Q:そのような自分の研究のスタイルを見つけるのはいつでしょうか。

僕は、本当に最近になって分かってきた感じです。今、振り返ったときに、こういう答えを持っているだけで、それが見えてきたのはここ数年の話です。院生のときは、近くにいる先生でモデルを見つけながらやっていきました。自分に合うスタイルを徐々にやりながら見つけていくしかないでしょうね。

あとは、選び取った研究テーマの奥深さというものもありますよね。金井先生は、「10年持つテーマ」とよくおっしゃっていました。ということは、10年経つと消えるテーマとも言える。他方で、違う分野の先生は、「一生書けるテーマを探せ」と言っていました。しかも、博士論文でひとまず成果が出せるけれど、その後も30年持つテーマをやれと。だから、選んだテーマや捉え方によっても変わってくると思います。

学生と共に切磋琢磨する。

Q:採用学研究は後続が続くかどうかによるということですが、後継者育成は考えていますか?

考えていますよ。今年になって、初めて僕のゼミで研究者になりたいという院生が進学してきたんです。彼らを育てていくのがまずは一歩ですね。ただ、本人がやりたいなら別ですが、僕の方から採用を研究テーマにしろとは言いません。僕と同じことをやらせるのではなくて、彼ら自身が社会に認知されないと意味が無いんですよね。

院生たちが順調に行けば、5年間で博士論文まで書くことになるので、僕の研究スパンと重なります。彼らに学位を出すときに、自分も本を書いているというのが目標です。横で学生たちが博論を書いていて、僕もこいつらに負けられないな、と自分を追い込もうと思っています。院生たちとは年齢も近いということを上手く利用して、自分をライバルだと思わせたいんです。けれど、もちろん僕が言っていることには説得力がなければいけないので、自分自身が研究しなくては、と思います。

そんなこともあって、最近あらためてレビューを始めたり、足下を固めだしたりしているんです。この1年ほど、採用学での露出こそ増えたのですが、そういう仕事が増えるとレビューをしっかりする時間がなくなってしまって、それでは良くないなぁと思って。院生も、研究していない先生に研究しろと言われたくないですよね。院生を持つと、やっぱり緊張感があります。良い意味で怖いですよね。5年間で抜かされた日には、嬉しいですけれど、もう僕には目も当てられないですからね(笑)。次世代の学生たちと議論を重ねて切磋琢磨しながら、僕自身も新しい研究を見つけていきたいと思います。

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